Dr.イザワの音楽雑談「CDを買おう」

私こと パパの飲み友です. 私たちの好きな音楽について綴りました.
追加掲載をしてゆきますので, 暇な時,暇つぶしに眺めに来てください.
ただこれはきちんとした音楽評論ではありません.
聴いて感じたこと.まつわる思い出. そんな私個人の印象に過ぎないもの, 言ってみれば音楽日誌のような性格の感想文です.
一番気がかりなのは,読んでくれた皆さんの好きなアーティスト に対して不本意な表現をしてしまうことです.
でも悪意はありません.その時は笑ってご容赦くださいね.

ここで取り上げたアーティストに 興味を持って聴いてみたい,また聴き直してみたい と思って頂ける事があれば望外の喜びです.
ぜひともCDケースを手にしながら楽しんで頂きたいと思います.

応援しよう音楽活動.守ろう著作権.あとは財布と相談だ.

伊澤毅       

Huey Lewis and the News [ Hard at play ]

前世紀より,アメリカは伝統の孤立主義を一変させた.
それ以来相変わらずの王様ぶりで時に世界を困惑させる.
妙な根拠のセレブリティは少々タチが悪い.
しかし元来アメリカの良さは実直な素朴さにあったのではなかったか.
アメリカ人は金融先物取引などそこそこにして 今こそHuey Lewisを聴き直すべきだと思う.
もちろんホットドッグをかじってボールゲームを見ながら.
彼らの音楽を聴いていると骨の随まで典型的な 日本人の私ですら, つい「バドワイザーをくれ.」なぞと言いたくなる.
そして,臆面無くこう繰り返してみたいものだ.
`We should be making love.'と.夢にでちゃいそう.

彼らの姿勢にはオヤジであることを全く隠さない潔さがある.
少年はいつか必ずオヤジになる.これは死と同様に避けることの出来ない 現実なのだ.
ならば言おうではないか.
オヤジで何が悪いと.
そこにしかないカッコよさだってあるはずだ.
偉大なるワンパターン, Huey Lewis and the Newsのアメリカに乾杯.
あなた達のロックは不滅です.

Lisa Loeb [ The way it really is ]

自立したクールで知的な大人像が模範化した昨今だが, 「私はフワフワで可愛いものが好きなの」といった姿勢を断固貫く人に出会うと 何だかホッとさせられる.
河川敷に座るLisaの傍らにも 鹿のぬいぐるみ(二匹).
そこに満ちる,大地にどっしりと根を張った断固たる生命力.
その否定不能な存在感には尊敬と畏怖の念を抱かずにはいられない.
そういう人達を,私は敬意を込めて「大先生」と呼びたくなる.
株価や平均気温がどう変化しようが美味しいデザートは食べたくなるものだ.
食べる以上は眉間にシワ寄せ真剣にどのケーキにするか悩むのも当然だろう.
そんな事にも素直になれないバカが戦争や恐慌を起こすのだ.
その通りです.
私が間違ってました.

Lisaはメガネっ娘である.
アメリカ社会における この眼鏡の意味を私はあまり良く理解していないが, ともかく彼女からは大先生特有の雰囲気が濃厚に漂う.
たくさんの良い曲を書いている.時には思わぬ迫力も見せる.
しかしなぜかメガネは外せないらしい.
アメリカの大先生,Lisa Loebが結局私は大好きなのだ.
Lisa, 世界を救ってください.

Van Morrison [ Moondance ]

ちょっとした思い入れで何ということのない日常のワンシーンを 映画にしてみよう.
たまに寄るコンビニエンスストアがあった.
レジにちょっと可愛いアルバイトの子がいた.
たいして気にもしていなかったのだが,ふと気がつくと ある日その子はいなくなっていた.
もしその時車だったらすぐに飛び乗ってカーステレオでVan Morrison をかける.
ボリュームはもちろん大きめだ.
そして,「苦いすれ違いだったな」と嘘でもつぶやいてみる.
きっと, 彼の声と共にほろ苦いエンドロールが頭の中で流れてゆくはずだ.

彼の唱は魂の叫びを感じさせる.だからこそ,ただボンヤリ聴くのがもったいない ような気にさせられる.
音楽は音楽そのままで良いのだろうが,たまには人生のワンシーンを 乗せて耳を傾けるのも良い.
心にしみる味わいがある.
だが,ドラマはフィクションであるからこそ美しい.
だからそのあと本気でその娘を探してはいけないのかもしれない.
だって映画は終わってしまったのだから.

Pink Floyd [ Atom heart mother ]

ある人に聞いた話だが(その人も他の誰かに聞いた話らしい), かつて新大陸の音楽家達は特殊な薬物を駆使して精神世界の変容を体験し そこで得た呪力でさまざまな音を創りだしていたそうな.
そのいにしえの音楽家の間で,最も強い魔力を持つと恐れ敬われたのが このアルバムだそうな.
その時,偉大な呪術の力により曲の音が物質化し,スピーカから粒子となって 飛んでくるのが見えたのだとさ.

法治国家の現代日本ではもはやその検証は不可能であり, `Atom hart mother'の呪力も今は沈黙につつまれたまま 永遠のたたずまいに沈んでしまった.
それはさておき,この作品を聴くたびに音楽にも時代精神があるのだなと 感慨深い.
しかしその創造的で緻密な音楽性は常に変わることなく 我々を楽しませてくれるはずだ.
最後に.くれぐれも検証しないで下さいね.
スネアに合わせてカップルで柿ピーを投げつけあうぐらいに抑えて.

BASIA [ The sweetest illusion ]

この人の音楽世界は本当に独特で不思議だ.
このアルバムはまずジャケットのデザインからBASIAワールド炸裂であり, 1曲目からBASIA音楽全開である.
妙な熱がでそう.
その独特の声の質感と東ヨーロッパラテン音楽というか何というか, が相いまって広がる幻想的な楽しさ.
そんな彼女の「わたし音楽」はまさに白昼夢.
真夏の夜にはいつまででも聴いていたい感じだ.
それはまさに音楽世界という表現がふさわしい魅力である.

BASIAを聴いていつも思うのは,一枚のアルバムが真に完成されたものとなるとき ,それが総合芸術であるという事だ.曲とパフォーマンスはもちろんだが, 編曲,録音,デザイン.
全てが一流の仕事をなし得た時に本当に良い物 が出来上がるのだなと思わずにはいられない.
そのバックグラウンドと共にBASIAの存在が際立つのだろう.
オリジナリティとは正直なパーソナリティに宿るのかもしれない.

Emerson, Lake & Palmer [ TARKUS ]

ジャケットに「野ねずみ戦車」としか言いようのないモノが描かれている.
それがタルカスだ.商品棚にそっと戻したくなる気持ちをぐっと抑えて 一度聴いてみてもらいたい.
1曲目のタイトルはズバリ`TARKUS'.荘厳なイントロと共にタルカスが 登場する.
きっと地上の全てを踏み潰していくのだ.世界の終わりの予感.
負けず劣らずに妙チクリンな強敵との激しい戦いの数々.
そして全てを倒し尽くした末に訪れる 強者故の切ない孤独.それでも無人の荒野を余裕コキながら進み続ける 最強野ねずみ戦車タルカス.
再びこれまた荘厳なエンディングと共に,嗚呼タルカスよ何処へ行く.
しらふでこのままのイメージを受け取る自分がすこし不安に, いやいや,彼らの勢いゆえに違いない.

現在聴くとキーボードのモーグサウンドにレトロを感じる人もいるかも知れないが, 感覚の本質に時代性は関係ない.
微妙にかっこいいものは微妙にかっこいいのだ.
なにより,タルカス戦記を描き切ったその本気度には敬服せざるを得ないではないか.
色々な意味でこの三人の天賦の才はやはり凄い.

]

Stacey Kent [ In love again ]

私のような者にとってジャズアルバムに触れるのは危険な行為かもしれない.
たまに恐い人がいて「解かってない!」と怒られそうだ.
先に謝ってしまおう.
ごめんなさい.
解かってません.
さておき, 最近になって思うのはやはり録音が新しい,音が良いっていうのは 気持ちの良いことなのだという事.
クラシックにせよジャズにせよ, 過去に偉大な名盤が存在するのはわかる.
しかし最新の録音に 耳が慣れてしまうと,やはり音が良いに越した事はないなと思うのである.

最近有力な女性ボーカルのリリースが増えて私のようなミーハー はとても楽しい.
なかでもStaceyのキュートで少しオールドファッションな 歌声は本当に魅力的だ.
この人はUKの人なのだろうか.
声に独特の品がある.
しかもsing like talking.
たまりません.
私の勝手な想像だが,実は強面のジャズオヤジ達も アートブレイキーやブッカーリトルの 後ろにそっと彼女のアルバムを隠しているのでは.
あ,ごめんなさい,あやります.

ted lennon [ water & bones ]

tedはいわゆるsurf musicの人.
かのJack Johnsonとは昔からの友人らしく,このアルバムの ラストに収録されたライブでも彼と競演している.
しかし,彼のどこまでも徹底された脱力感が,涼しげなアコースティックサウンド という一言では済まされない独特の悲哀を醸し出す.
その音楽性ゆえ, あろうことか札幌の11月にごそごそ取り出して思わず聴いてしまった.

極論だが,木陰で夕暮れの汐風に当たりながら砂まみれの肌の火照りを さます人影の後ろに流れる音楽,が健康なsurf rockだとすれば, 彼の音楽性にはインドアと言わないまでも内面的な要素をより 強く感じさせられる.
それが彼の音楽が持つの癒しの感覚の源なのかもしれない.
ともあれ私は自分の名前のヘッダーを小文字で書いてしまうアーティスト に出会うと,微笑ましい親しみ感と共に少し不安な気持ちにさせられるのである.
でも,元気一杯になったら彼の音楽じゃないし.
なあ,ted.

Cristopher Cross [ Walking in avalon ]

その名はChristpher Crossである.
しかもあのEast coast sooud.
爽やかな歌声.
当時の私はトムクルーズの様にハンサムでスラリとした長身の アーティストを勝手に想像していた.
後に正直ちょっと驚いた.
しかしまあ音楽は外見ではない.
1曲目はGigi Worthという女性とのデュエット曲なのだが, 少し肩の力が抜けたCristopherの歌声と彼女のスムーズな声の アンサンブルがとても心地よい.
日本版はラストに邦題`ニューヨークシティセレナーデ'(ライブ録音)が ボーナスで収録されていて往年を懐かしむにも良いかも.

ジャケットのアルバムの写真にシュロの樹が並んだ景色が写っている.
あれ,そういえば聴いているとサウンドにも微妙に西のテイストが.
しかし,西のサウンドに徹しきれない 妙な東の端正さというか生真面目さが微妙な音を形成している.
結果的に爽やかで心地良い.
それにしても東海岸の人には西への憧れでもあるのだろうか.
West sideを夢見るCristopher.
そこら辺のアメリカ社会における人情の機微については いずれ知ってみたいところだ.

Rickie Lee Jones [ Rickie Lee Jones ]

この人のバックのミュージシャンは本当に凄い.
そしてこの人の音楽は1作目から本当に出来上がっている.
いったいどういう経緯で発掘された才能なのだろう.
何故のっけからあれほど一流の人達に愛されているのだろう.
ちょっと出自の謎な人である.
見たことのない原風景というのも妙な話だが Rickie Lee Jonsの音楽になぜか私は懐かしさに似た感覚を抱かされるのだ.
自分の内ではSimon & Garfunkelもある種の似た所があるのだが ,いったい何を懐かしいと感じているのだろう.
これは日本人の繊細さとの共鳴なのだろうか.

`ハウハウ ホニュホニュ ボソボソ フーウー'
つぶやかれ続けるていると,何だかいつのまにやら音楽が展開し 気が付けばRickie Lee ワールド完成.
カウボーイが空を飛び,深夜の駅のベンチに崖っぷちの人が 沈む景色に飲み込まれている.
ポップス,ロックンロール,ジャズ,その音楽性の展開はとても多彩である.
しかしこの人のワールドはそのような音楽の方向性の違いから 一切の影響を受けることが無い.
微動だにしない.
常に変わる事のない`ハウハウホニュホニュ...'
私は何だかこのアーティストが大好きなのだが,自分でその 理由があんまり良く解からない.
この文章を書く過程で自分の内面に気付けるかと期待していたのだが.
うーんやっぱりよく解からないままだった.

Jakson Brown [ Saturate before using ]

ナンバーワンよりオンリーワンという言葉があった覚えがある.
他者との競争で上に立つより、唯一ユニークな存在でいいじゃないか といったニュアンスか.
自己啓発的に理解出来なくはない.
でも私は思う.
オンリーワンになりたいのか,と.
むしろ本質的に全ての個人は元よりオンリーワンなのでは.
心の内に籠ればこの世界の中で孤立感を宿命付けられた個人という存在.
他者と共有可能なリンクを求め,本当に正直な人は オンリーワンの孤独から抜け出すために心の遍歴を続けるのではないか.
本物のオリジナリティを内に抱えた人間は孤独な存在なのだ.

勝手な印象ではあるが.
Jakson Brownの音楽が持つ独特の落ち着きとたたずまいは, 他者との真のつながりの形を求める精神の旅, すなわち孤独感に由来する気がするのだ.
孤立した個の存在の間の架け橋となりうる共感の心根とは何なのか.
真摯にそれを求めた者の前だけに, 隠された心の普遍性がその微かな姿を見せる事もあるのだろう.
それを正直に求め唱うからこそ彼は,私の中でナンバーワンでもあるのだ.

Fairground Attraction [ The first of a million kisses ]

このグループのアルバムの邦題は 1枚目がファーストキス.2枚目がラストキス.
早っ.それはさておき,よくもまあFairground attractionとは付けたものだ.
聞いていると,閉園後人っ子ひとりいない黄昏のメリーゴーラウンド に二人きり回り続けている少女とピエロ, そんなホラーとも幽幻ともつかぬ,ちょっとセピア色で レトロ感溢れるイメージが音造りからダイレクトに伝わって来る.

解散の理由は知らないが,ボーカルのEddy Readerはあいかわず ソロアルバムを発表してくれているのでうれしい限りだ.
彼女の声は本当にかっこいいと思う.
時にそばでささやきを聞くようであり, また時には遥か遠くから響いてくるようでもある. もちろんその魅力はソロでも 変わりないのだが,やっぱり私はFairground attractionと, あの作風と共にある彼女も大好きなのだ.
だからやっぱり...たった2回のキスはあまりにも少なすぎるじゃないか.

Michael Jackson [ Off the wall ]

この人とその音楽について,本当は今さら書くことなど何もない.
プロデューサーのQuincy Jonesを始め,どれだけの人々に 愛された才能であるか.
黒人リズムとハードロックの融合.そしてその甘い声とダンス技術.
キュート(当時)でハンサム(現在賛否両論)なルックス.
この次のあまりに偉大なる作品,`Thriller'は音楽ビデオクリップの位置づけ そのものを変えてしまった.
しかし凄すぎる才能と過剰な商業的成功は,果して彼自身と彼の音楽を 愛する我々にとって本当に幸福な事だったのだろうか.
できれば,数年に一度好きなアーティストの新作を心待ちにする ごく普通の感じをもう少し与え続けて欲しかった.

現在の邦版には,11トラック以降にプロデューサーの当時のインタビュー等が 収録されていて,その中にまじってジャクソンファミリーで録った 最初のデモテープも納められている.
パーカッションその他で,シャカシャカ,ブーパカ 適当な録音でやってるだけなのに,ものすごく格好がいい.
やっぱり才能って事の起こりから凄いんだなと思う.
それから時は流れた.ああMichaelよ何処へ往く.なんだか複雑な気持ちである.

Gloria Estefan & Miami sound machine [ Let it loose ]

恥ずかしながら,私のGloriaに対する心情は完全にアイドルに対するそれだ.
ちょっと中南米なまりの発音と歌い回し.そして何よりその声.
あんがいと小柄な女性らしい.(何の関係が?)
ああ,もうダメです.`Surrender to me!'
言われるまでもなく完全にSurrender to you.
しかも,Miami sound machine.マイアミだなんて.
極東アジアの住人の私なぞもう, どうにもならない浮かれ気分.
完全に`No batteries required.'状態.
はい,電池なしで,どこまでも動いていってしまいそうです.

この作品を境に次作から,Miami sound machineの名前が消えた.
折しも二十世紀末,クールな実力派指向の歌姫にまみれた時代.
マーケティングの方向性に何やら嫌な予感が.
正直,世の中そんなに音楽ターミネーターみたいな歌手 期待している人ばっかじゃないと思うんですけどねえ.
しかしである.彼女はGloria Estephanだった.
その後の展開もトロピカル系,クリスマス系と,相変わらずのGloria健在なのである.

Viktoria Mullova [ Brahms violin concerto ]

私事だが,敬愛する親類がいた.
今思うとその人は本当の芸術家であったのだと思う.
何の専門家なのかは置いておこう.
分類は彼の望むところではないと思うから.
晩年,私に絵の画き方,造型を始め,様々な感性の在り方を教えてくれた.
最も印象深かったのは,目に写らない物の捉えかた, いやむしろ,目に写らない物が世の中に有るのだという理解の仕方だった.
モノと物との間には目に見えない空気という存在があることを.
本格的に体調を崩す前に私はこの曲のテープをその人にあげた.
Mullovaの演奏ではなかったが.
本当に喜んでくれたらしい.
病院のベッドにおいて死の床まで枕元に置かれていたのが そのテープだったそうだ.

彼女の演奏が怜悧に過ぎるとか否とか,そんな事はどうでもいい.
人間の価値をいつ誰が決め得るのか.
ある瞬間まで冷酷だった心が,次の瞬間に深い温もりを見せる ことだってあるのだから.
私に解かることはただ一つ.
この人に与えられた楽器の音が素晴らしいものであって, この人が自分に与えられた楽器を弾き切ったという事実だけだ.
私は,実は官能性なんてそんなに信頼していない.
でもこの音の美しさを突き付けられた時,心が酔った.
完全を求める気持ちが個人を越えたとき, とても大きな美が私にも洩れ出てきてくれた.
それを受け取れるのはとても幸福な瞬間なのだと思う.
もしも楽器に心があるなら,バイオリンが一番の喜びを感じていたはずだと思う.

Van Halen [ ou812 ]

泥くさかろうが何だろうが私はDaveの声が好きだ.
だってHuey Lewisが好きなんだもん.
そこには語り尽くせぬ愛着があるのだ.
でも,個性はメンバーの人数分だけあって当然だと思う.
だから,過ぎた協調を成功と引き換えに引っ張ってみた所で せん無い事だったのかもしれない.
この前のアルバム「5150」からボーカリストがSammy Hagarに変わった.
当時の馬鹿な若者の私は「今度のにいちゃんもカッコいいぜ」と 無邪気にはしゃいでいたものだ.
今思うに真面目なファンには賛否両論あったのかもしれないな.
でもEddieの純粋にクリアな技術的高みが,この人の完璧な パフォーマンスと共に引き立ち,
さらに開花した部分もあるのではないかと思うのである.

ロックスターやギターヒーロー系の人に この表現も何なのだが, きっとこの人たちは本当に大人なんだろうなと想像する.
自分達に求められたものが何なのか.
他者の中にある自分達の自己像がどの様な形なのか.
それを的確に捉え続けてゆくのは楽なことではないだろうに.
純粋なカッコよさを求める周囲の期待,そこへ完璧に答え続けようと する彼らのプロフェッショナリズムに, 私はある種の人間性の本物の強さと知性を感じる.
そしてつまりはこう思うのだ.
にしても,やっぱりかっこいいな.Van Halen.

Sophie Zelmani [ Precious Burden ]

その国の歴史というのは案外と個人の振舞や空気に影響を 与えるものである.
大陸のヨーロッパ人,日本人,アメリカ人.一緒に飲んでる時のこと.
封建制の様式に育まれた長い時の文化.
形は違うがヨーロッパと日本には互いの 背中にしょった,それなりの歴史があるのだなと感じる.
そしてアメリカ人は...やっぱりアメリカ人なのだ.
少し抑えた我々の自制とフォーマリズムは, アメリカのどこか異質なパワーにちょいと押されぎみ.
時おりその妙な勢いに当惑させられて引いてしまう事がある.
もちろんその人それぞれにもよるのだろうけれど.
しかし,なんか国際社会の空気の縮図みたいだなと感じたものだ.
こればかりはしょうがないのであろう.

Sophieはスウェーデンの人である.
一時期結構スウェーディッシュポップが注目された.
その静かなたたずまいと軟らかさ,良い意味であんまり明る過ぎない感じ が日本人の気質と趣味にあったんだろうと思う.
私はそのお国に行ったことがないが,雪と氷に閉ざされた空気の 中で生まれる透明なサウンド.
北国のおおらかさとその表裏をなす微妙な暗さ.
その土地の音があるんだろうなと感じさせられる.
とても安心感があって,ホッとする.
そして矛盾だが,ほんの少し陰鬱な感じがまた良いのだ.

Earth, Wind & Fire [ Gratitude ]

これはジャケットが謎のスペースファンタジーイラストになる以前の ライブアルバム.
人に聞くと案外知らないと言われるのは何故だろう.
私は時おり自宅でこっそりとEarth, Wind & Fireの このアルバムを聴くのだ.
人目を避けつつ.
その時私はブラックなアフタービートと共に公園の鳩と化し, 首と腰をクネらせながら歯茎丸出しで何かに成りきってしまうのである.
自分でも余り想像したくない姿だ.
ライブ特有の数割増しの演奏速度.
このグルーブ感,たまらない.
その時ばかりは思う.
ああ,私も黒人になりたい.

音楽の悦楽は肉体と精神の両者に及ぶものだろうが, この人達の演奏はギター,ベース,その全てが私の身体に 直接何かを伝えてくる.
リズムの感覚とは凄いものだ.
貧乏な我が家では時おり隣室からラップに励む若者の声が聞こえてくるが, 残念ながら何かが違う(ごめんね).
曲間の合の手の彼らの声だけでも音が音を生みそれが音楽になってしまう.
`We Want on You Crap Yah Hands! Ha! oh come on Yah! Ha! Ha! Hohhh!'
アルコールなんか入った時には, もはや冷静ではいられない何かがそこにはあるのである.
この時代,この収録場所で聞いて見たかった.
本当にそう思わされるライブアルバムである.
魔術もイラストも一切不要だ.アフロ最高.

Nara Leao [ Meus Sonhos Dourados ]

邦題は「あこがれ」だったか.名作中の名作らしい.
この人のワンノートサンバがとても好きだったので, 初めて聴いた時はほぼ何も考えずに「Nara Leao聴きたい」衝動に任せて 手に取った.
スタンダードのアルバムであるとも知らず.
わーい久しぶりにボサノバのアルバムだーっとばかりに.
無邪気なものだ.
正直に告白します.
知ってる曲達ばかりであることにしばし 全く気が付かなかったのだ.
ちゃんと曲名リストかライナーぐらい見ろよって感じですよね.
お恥ずかし限りでございます.
しばらくして,あれなんか変だなと思ってよーく聴いてみると
`Tea for two?' `A, as time gose by!?'
`The, the boy next door!!'
ああ,私の耳は本当に腐っている.
それに気が付いた後も, 自作の歌詞付きらしい`Moonlight serenade'なぞややしばらくの 時間を要する始末.
思い込みとは恐ろしいものだ.

しかしまあ,自分を棚に上げれば, それだけこの人がこれほどの名曲たちを完全に 自分のものにして自分の世界の歌にしているってことなのかも知れない.
(普通は気が付くのかもしれないけど.)
そう思えばそれはそれでNaraが凄いってことで.
オリジナリティーって有るんだなと改めて感じさせられる 苦い思い出である.

J.B's. [ Food for thought ]

James Brownの楽団音楽アルバム.
以前日本語の文法に関する興味深い本を読んだ (唐突ですいません).
ともあれ内容は次のようなもの.
日本語の基本文型(たしか英語は5つでしたよね)は3つで, 名詞文,形容詞文と,動詞文.
つまり,「音楽だ.」,「楽しい.」,「聴く.」.
これは省略文では無く本当にこれで文法的に完結した文章だという説.
動詞文を例に取ると,あとの構成は説明の必要に応じ, 「だれが」「何を」「どこで」 などを修飾として付け加えていけば良い構造らしい.
また文章自体は「聴く.」で完結しているため, これらの修飾語句の地位は並列なものであり, その順序は表現上の都合と重要さにより決めれば良い.
ゆえに「だれがどこで何を聴く」のでも「どこで何を誰が聴く」 のでもかまわない仕組だとのこと.
さらに「誰が」(主語)を説明する必要がな ければ主節を置かなくてもなーんも問題無いらしい.
まあ諸説あるのだろうけど,妙にしっくり来る説明でなるほどなと思った.
そういえば主語を必ず置くって英語系生成文法ルールもあまり拘ると意味不明になる 時があるな.
It is fine.(晴れだ.).
Itって何なのか教えて下さい. さて以下本題.

このアルバムを聴いて私の心に浮かぶのはただひとつの 名詞文「James Brownだ.」.
他に何とも言いようがない.
演奏だけでも「James Brownだ.」.
歌が入っても「James Brownだ.」.
そう.James Brownだ,なのだ.




Tristan Prettyman [ Twentythree ]

やや以前日本ではサーファーブームがあった.
キャリアーにボードを積んだ車がなぜか23区内に出没したらしい.
またそのころは,深夜の路上を爆音と共に単車で徐行するという 若者文化が全盛.
それぞれがサブカルチャーを飛び出して メインストリームとなり音楽文化まで形成したものだ.
単車爆音系の代表格は漢字4文字が得意のさる横浜のグループ.
その妙な流行りっぷりに,弟分バンドや果てはマスコットアイドルまで 派生してしまい,あれよという間に一大ファミリーを成してしまった.
共同体の増殖には人の体内で何かの血中濃度をたぎらせる 悦楽があるのかもしれない.
しかし,崩壊も早かった.
諸行無常に夜露死苦.(世露死苦でしたか?)

こちらはアコースティックな海の音楽仲間の話.
Jack Johnsonに代表される一連の新たなsurf musicがその独特の ピュアなサウンドと共に確立されていくなか, 彼女の才能もまた花開いた.
そういった確かなバックグラウンドをなすファミリーと共に 1枚目から本当に良いアルバムが完成したのだろう.
互いにとって有意義ならば,人のつながりには守るべき価値がある.
しかし一個の表現者として,その関係が時に自分の 非独立性の象徴に見えてしまう事はあるだろう.
しかも彼女ほどの才能ならばこそ.
もしかしたらJohnson一家の娘である事に, 女性版Jackの呼び声に,飽き足らない 気持ちになることが将来あるかもしれない.
独立と自己表現の自由への思い.もちろんそれはそれで良い.
オトナになるってそういうことなんだろうから.
23歳の今の彼女の音楽が好きになった聴き手の思いとしては, その時に失うものが余り大きくないことを願わずにはいられないのだ.

Guns N' Roses [ GN'R lies ]

このアルバムは,前半ライブ,後半はアコースティックの録音, と実質二枚の異なる構成になっている.
この手のバッドボーイズなロックバンドは,お金が動いて メジャー化すると共にとかくイメージが先行し, 本人たちの正体がどこにあるのかよくわからなくなっていく傾向がある.
その中で本人さん達すら自家中毒に陥るケースも.
若者に創造のナイーブさとビジネスの骨太さの共存を求めるのは 結構に酷な事なのかもしれないなと思う.

Guns N' Rosesの音造りの衝撃.
`Appetite for destruction'のインパクトは勿論強烈だった.
しかし振り返ってこのアルバム.
特に私が好きなのは後半の構成.
エレキでガンガン鳴らさなくても, 何かがGuns N' Rosesらしいままなのだ.
またトータルなカッコよさを宿命づけれらたフルのバンドサウンドよりも アコースティックな構成だからこそ, Axcel Roseの荒ぶる魂の叫びが直接的に聞こえてくる気がした.
むしろこのアルバムの方をたくさん聴いたのは, そこに込められた哀愁にも似た荒削りな迫力に心惹かれていたからかもしれない.
`You are the one in a million!'

Al kooper [ Naked songs ]

人の表現は深みを増すと比喩で語られるようになるという.
確かに世界に残された宗教的,思想的古典において 比喩表現は常に本質的な役割を果たしてきた.
直接に語る事の出来ない真の深みを言い表そうとする時, 人は必ず言葉の限界に突き当たるのだ.
それゆえ,そのメタファーは頼らざるを得ないギリギリの方便なのだ.
そうでなければ,比喩ほど無責任にお手軽な言いぐさはない.
なぜなら明らかな意図すら簡単に誤魔化すことが出来るのだから.
ゆえにいつの時代にも多くの人々がこう語る.
「とか」,「かも」,「みたいな」,「て感じ」.

Al Kooperはこう歌った.
`Be yourself.'そして `Be real.'と.
この言葉がどう訳されているのか私は知らない.
しかし,これは命令形なのである.
自身たれ,realであれ,と.
そこには「らしく」などと比喩や婉曲に逃げ込む無責任さのかけらもない.
なんという潔い態度だろう.まさに裸の歌ではないか.
決して彼は自身を棚に上げ他人を教え諭そうとしているわけではあるまい.
その自らの心情を人間の完成への憧れの言葉として歌い切ろうとしたとき, 言葉が纏う演奏やアレンジは時代を超え, 常に「今の音楽」に聞こえるものとなったのだと思う.

Led Zeppelin [ II ]

意地悪を言うわけではないが, 体制への反逆が象徴するロックの反骨精神に私は奇妙な生真面目さ を感じてしまう.
そして「ぶっこわせ!」と叫ぶその一所懸命な姿が真剣であればあるほど, ある種の切なさにも似た感覚を抱かされるのだ.
確かにムーブメントとしての音楽が文化的機運の起爆剤となる事はあった.
しかし時代が過ぎ去った後に振り返ると, 歴史の出した答えはこうだったように思う.
政治の問題を解決できるのは政治でしかなく.
音楽の遺産は音楽的感性の中にのみ,いやそこにこそ, その価値を残したということだ.

Led Zeppelinは音楽における自己存在を貫いたという意味で, ロックのカリスマではあっても余分な文化的偶像化を 拒みつづけた人達だったと思う.
常にJimmy Pageが浮かべる微かな微笑み.
それは私にとってLed Zeppelinの存在の象徴そのものだ.
そのアルカイク的な含み笑いに私はとても深遠な力と危険さを感じ取る.
決して油断を許してはくれない高貴な意地の悪さ.
裏腹に成り立つ音は常に精密なのである.
風車に特攻をかけたスペインの老騎士の思い入れ は切ない失笑と悲哀の象徴だった.
だが真のトリックスターは軽快な足取りでやってくる.
そして,人々から何かを掠め取り, 世界の価値の表裏を軽やかに反転させ, そしてうすら笑いと共に去っていく.
火と鉄の後に,鉛と飛行船を残して.

John Bonham, Robert Plant.

Iron Maiden [ The number of the beast ]

観衆の絶叫の中レスラーが入場する.
その背後にヘビーメタルサウンドは欠かせない.
度重なるピンチに観衆の怒号と悲鳴.
ついに倒れ臥す彼を,トップロープから悠然と見下ろすマスクマン.
ああ,そんな攻撃を受けてしまったら死んでしまう.
筋肉の劇場の本質は,観客とレスラーの熱が織りなす空間の温度にあるのだ.
故にその様式美には伝統の筋書きと結末が欠かせない.
プロレスの八百長をなじる行為は神聖なる儀式への冒涜である.
曰く,「プロレスラーが最強者なのではない.最強者の定義がプロレスラーなのだ.」
`Whether Professional Wrestler is the strongest or not,being Professional Wrestler is the definition of the mightiest.'

汝の神を試すなかれ.

Iron Maidenのジャケットには常にジーパンを粋に履きこなす凶悪ゾンビ.
その名はエディ.
開示される音楽世界はその陰惨な表情にまさるとも劣らぬ緊迫感だ.
背後に忍びよる呪われし者の足音.絶望に彩られた悲鳴.
ヘビメタって言うな.メタルと呼べ.
黙示録さながらの悪魔的世界には重金属の音色が誠にふさわしい.
信徒は激しく頭部をふり動かす.
醒めた耳で聴くことは決して許されないのだ.
終末を誘うワビサビの果実.
その様式美を疑う理性は闇の熱狂への冒涜である.
曰く,「ヘビーメタルが最強のロックなのではない.
ロックの完全形式をヘビーメタルと呼ぶのだ.」
`Never to ask Heavy Metal is the best. The final form of rock is called Heavy Metal.'

汝呪われるべし.

Joni Mitchell [ Clouds ]

ある意味自虐的とも写る,「日本人離れした」という表現.
このわかるようでいて考えると意味のよくわからない言葉は 果たして諸外国語には存在しているのだろうか.
自らにとって困難に思われる異文化の特性を見出すのが 日本人はとても好きなようだ.
しかし,もしかするとそれは一方で強固な アイデンティティの表れ方と言えるのかもしれない.
なぜならそれがどこまでも日本中心の表現だから.
我々日本人が他文化を吸収することにヘッチャラで同化の恐怖を感じないのは その本質不変な性格のおかげなのかもしれない.
しかし,それゆえ逆に異邦人の中に日本的なものを見出した時, 我々は妙に驚くのである.外人が何でやねんとばかりに.

彼女の音楽を初めて聴いた時,正直私は驚いた.
それはまさに上に述べた感じなのだ.
何でアメリカ人がそんな繊細でリリカルなんだよと.
それほどにJoniの音は深く静かだった.
まったく固定観念以外の何者でもないのだが,本当にそう感じた.
しかもその音楽がアメリカの人々に 世代を越えて愛されているというのだから.
それを知ったとき私は人間であることの陳腐さに とても大きな普遍性を感じ,何だかすごく安心した.

Bob Marley & the Wailers [ Kaya ]

カリブの空気は中南米の世界観とは微妙に異なる.
ラテンと歴史に造られたアフリカとの融合とでも言おうか.
アフリカより蓄積されてきた文化の古層.
それは人間精神の光と闇の歴史と言えるかもしれない.
カリブ海に降り注ぐ強く透明な太陽光線.
しかし,そのまばゆい光の下にこそ 存在する闇がある.
バンツーの魔神は明るい陽光の下, 熱帯の静けさの中に呪術の有効性を獲得するのではないか.
バカバカしい想像だが, 場を日本の恐怖スポット,冬の恐山に移せば そこにおけるシャーマンの儀式,ブードゥーの呪術的記号は 完全に無力化するだろう.
きっと,滑稽なほどに,全く恐くないに違いない.
無論その逆もまた然り.

kayaとはマリワナである.
レゲエという音楽が象徴するリラックスと脱力感.
Bob Marleyがその代名詞であるとして, その音楽はイメージ程に明朗快活なものなのか.
私はそのサウンドの間の休符に何ともいえぬ心の 深みと共に鬱屈のようなものを感じてしまうのだ.
対照的な演歌的世界.
冬の日本海の鉛色の空.
荒波に向かう船出.切々と歌い上げられる辛い生活.
しかしその根っこには マイナーブルースとは裏腹の努力と根性, すなわち骨太な健康さと生きる気力が横溢する.
大地と光と温度と湿度.
そこに思いもよらぬ文化の多彩な層が 存在するのが面白いものだ.

Ry Cooder [ Into the purple valley ]

昔ある先輩とこんなやりとりをしたことがあった.
私:「最近Ry Cooderよく聴くんですよね.」.
先輩:「脱出不能になるから止めとけ.」.
まったくもって妙な会話だがそこには一抹の真実が.
だって先輩,この会話がすでにRy Cooderっぽくないすかねえ.
`俺ん家にゃもう帰れねえ',
`あたいと居たけりゃ銭だよハニー',
`機関士によろしく言っといてくれ.運賃も手頃だったってな'.
このグズグズな世界をあえて表現する人はきっと健康に違いないと 私は想像する.

Ry Cooderを聴くときはたいてい車で釣りに向かっている.
街中はいけない.市街地が切れかかる辺りからかけ始めるのがルールだ.
当然窓は全開.だらしなく窓から肘を出すのもポイント.
ただ残念ながらラッパ飲みバーボンは禁止としよう.最近うるさいから.
その瞬間から日常突きつけられている意味や理由などfade away.
`How can I keep on moving.'化完了である.
家に帰るまでは,ね.

Babyface [ Playlist ]

音楽の与えてくれる喜びは時と人によって様々な形がある.
ある人が好む音楽.
それは表現者のみならず聞き手の側にあっても,その人間の趣味,性格, コンディション, その内面を眼に見える形にしてくれるものだ.
人間はあんがいと自分自身の好き嫌いを裏切ることができないものなのだろう.
しかし自らを知ろうとしたとして, 好きな食べ物を全てテーブルの上に並べて食べ比べをするわけにもいかない.
ゆえに何かとの出会いがとても大切な機会なのだと思う.

Babyfaceはアレンジャーとしての感性が素晴らしい.
それは他者の美点を 取り出す知性の働きの結晶なのだろう.
このカバーアルバムにおいても 彼がいかにオリジナルのアーティストの空気を繊細に表現しようとしたかが とても良く伝わってくる.
またそれは彼の歌でもある.
そしてそこに並べられた歌達が彼の人格というフィルタを 通じたとき何かを教えてくれるのである.
James Taylor, David Gates, Elic Clapton.
彼らのCDを取っ替え引っ替え聴くより,自分が彼らをなぜ愛していたのかを 教えられた気がした.

Carole King [ The Carnegie Hall Concert ]

対象の方向性を個々の名称に委ねて比較するのは安易な発想ではある.
しかし,巨人と阪神のように分かり易い類型と対比がある事も否めない.
うどんとそば,紅茶とコーヒー,ソ連とアメリカ, ブルースリーとジャッキーチェン, 中島みゆきとユーミン, そして,Joni MitchellとCarole King.
表現の内に時代と普遍があるとして,時代の中Joniが静かに深く進んだとき Caroleは「地球は動いてんだよ」とばかりに気合い十分だった.
そしてそこには事の始め`TAPESTRY'から自らの持てるものを表現し尽くす力が 存在していた.
しかし,時が過ぎた後 スタンダードのような性質の名曲として愛され続けた曲目は, 当時の当人の意図とは少し違った方向のものであったかもしれない.

このライブアルバムは全編ピアノ弾き語りで,パワー溢れる彼女の 音楽を純粋に楽しむことができる.
しかし演奏形態がシンプルであるからこそ,当時の熱と空気を抜きにして 自分の好きな曲がどれだったかが浮き彫りにされるかもしれない.
無論それは聴く人それぞれの感性によって異なるものだろう.
偉大なるシンガーの何が本当に好きなのか.
それをこのアルバムで探してみるのもとても楽しいと思う.

Air Supply [ Now and Forever ]

世界に異性の存在が関心事として現れるてくる頃まで,男児 の脳内世界は大変に平和である.
世の重大問題はゴジラとガメラで強いのはどっちか.
まあ,はっきりいってそんなもんである.
そんな中で姉を持つ少年などは全く異質な文化コードの存在に 比較的早くから触れる機会を持つことができる.
ロマンチックなもの.美しいもの.
それはヒーロー登場音楽とは接点のない新世界.
私が初めてAir Supplyを知ったのも 友人が彼の姉のカセットテープをくすね貸してくれた折に, 偶然そのB面に入っていたのを聴いた時だった.
突然流れ出した高く澄んだ声と爽やかな演奏に 何故か驚きにも似た感覚を受けた覚えがある.
そして,世の女子とはこのような きれいな音楽を好み嗜んでおるのかと妙に感心したものだった.

最近復活したらしいAir Supply.聴いていないのであのクリアな 声のままなのかは少々不安だが,頑張ってもらいたいものだ.
今はこのグループのようにどこまでも分かり易い存在が減ってしまった ような気がする.
世の中が複雑なせいだろうか.
だからたまに聴くとノスタルジーと共にその清潔感あふれる サウンドがとても心地良いのだ.

The Black Crowes [ Shake your money maker ]

いつの頃からだろうか.
音創りの幅の広がりや表現の過激化などがあいまって, ロックの細分化がひどくなった.
(何とか)メタルに(何とか)ロック.
この(何とか)に代入可能な名前が余りにも多すぎて私などは到底覚えることが 出来なくなってしまった.
しかも恥ずかしながら,聴いてもそれがどの(何とか)で違いは何なのか 良く解からないこともしばしば.
それ故か, たまにストレートなロックンロールを 耳にすると無性に安心して嬉しくなってしまうのだ.

Black Crowesのサウンドには何か正統派と呼びたくなる直線的な熱気 がある.
水戸黄門の印籠の如きジャストなタイミングのエクスタシー.
そう.ドラム,ベース,ギター,ピアノ.基本的なサウンドの集合体が 決まればスタイルがベーシックであるほど様になるものなのだ.
Michael McDonaldが,彼らを評して 「おまえら若いうちからこんなシブイ音楽やってて良いのか」 と言ったとか言わないとか.
さすが.確かに彼らをよく表しているなと思う.

Creedence Clearwater Revival [ Green River ]

ある時期,無性に解かりやすく泥くさい音楽を聴きたくなった時があった.
音楽の時を遡る旅路は,それぞれの人によりその終点を目指して それぞれの場所へと至るのだろう.
私にとってはひとつの方向がこの人達であったのかも知れない.
ブルーグラスでもない,ブルースでもない.
俺が求めているこの感じはいったい何なんだ.
そんなやつらはレコードの海の中で今どこに潜んでいるのか.
そんな暑苦しい気分の中,あるきっかけで彼らのアルバムを手に取り聴いた.
すると歌の中に,ルイジアナが.テキサスカーナが.
そのとき私は確信した.
そうかここに居たのか ついに見付けたぞ,と.

CCRの愛称で親しまれている彼らの音楽はとても単純で素朴である.
広大な綿畑の景色.
人々が故郷と呼べる土地を持っていた時代.
しかし,その歌の内容は時に詩的であり暗示的でもある.
そのメッセージがJohn Fogertyの歌声に乗ると, 何か男たちの哀愁と共に日々の暮らしが生きるための旅路であることを 思い返させられるのだ.
生きていると意外な事が色々と起きますからな.
`Who will stop the rain.'早く晴れて下さいよ.
お願いだから.

Karla Bonoff [ Restless Nights ]

歌う人間の空気と世界をきちんと慮って創られた曲は本当に その人の歌になるものだ.
しかし作り手がセルフカバーすると, これまた不思議な事にそれがその人の歌になってしまう.
どちらが好みかは別として, 創造と表現とはおもしろい関係だなと思う.
だが作り手の妙味はそのレシピと調理の過程を知っている 所にあるのではないか.
途中でした味見,何かを入れすぎて 実は味を調節した,など.誰かに向けて作ったものであっても 味わい方は自ずと変わるものなのだろう.

彼女の音は女性が持つ美しさにあふれている.
しかしどこかで常に抑制された端正さを失わない.
当たり前だが自分の歌を大切にしているのだろう.
すべてのアレンジが曲の魅力のためにきちんと存在しているなと 感じさせられる.
誰かのための歌と,歌のための曲,の違いなのか.
しかし本来当たり前のこと書いちゃって恥ずかしくなってきちゃいました.

AC/DC [ Let There Be Rock ]

神は始まりに`Let there be light.'「光あれ.」 と言ったそうな.
さて,いろいろ創ったからそろそろいこうか.
「Rockあれ.」
ロック創世記はオーストラリアからやって来た.
彼らは小学校からお母さんにとても迷惑をかける人たちだったらしい.
`Plobrem child.'自覚はあったのか.
`Dog eat dog.'そんな生活もあった上か.
きっとある日天職に目覚めたのに違いない.
ガキの正装,半ズボンに野球帽をまとい.
尻からは悪魔のしっぽも生えている.
さあみんな,次はRockで世界を困らせてやろうぜ.
`Hell aint't a bad place to be.'

彼らの音楽パワーは直球である.
そしてその強烈でブギーな音は乾燥している.
妙な影がないとでも言おうか.
私の想像だが, きっと本当にやりたい事とやっている事との間にモチーフのズレがないのだろう.
それが曲名の付け方にもよく現れている.
`Highway to hell.'
もうどこまでも一直線に爆走してもらうしかないじゃないか.
このドライなパワーは私に爽快な気分を与えてくれるのである.

Tom Waits [ Closing time ]

Tom Waitsのあの渋すぎる声は好みが結構分かれるところだろう.
しかし彼の音楽が好きな人にとっては その渋いドロさこそが魅力なのだと思う.
とくに女性などは好みが分かれやすい気がする.
私の周囲にはTom好きの女子が少なくない.
考えられる原因がひとつ存在する.
彼女たちはたいていアルコールが 大好物な人たちなのだ.
しかもシャレたリストランテでソアーベクラシコなぞと いうハイカラな飲みではない.焼き鳥に焼酎だ.
音楽の好みと肝細胞の構造には何か関係でもあるのだろうか.
(次週Donald Fagenの項を参照) 確かに酔ってカウンターに突っ伏しながら, 「オヤジ~もういっぱい」と言いたくなる感じだ.

彼の素直なメロディとサウンドはその声とは対照的に とても透明で美しい.
だからこそ声の魅力も倍化するのだろう.
歌い方も適当でやけくそな感じとは裏腹に心のこもったものだと思う.
今夜も飲みながら.私は密かに確信するのだ.
本当はロスの夜のバーでこそかっこいい音楽だと.

Donald Fagen [ The Nightfly ]

Donald FagenやSteely Danを好んで聴く人は男性に多くて, そのドロさがあまり女性受けしないという話を誰かから聞いた事がある.
しかし私の周囲には結構彼らを好む女子が少なくない.
考えられる原因がひとつ存在する.
彼女たちはたいていアルコールが 大好物な人たちなのだ.
しかもオシャレなカウンターでギムレットなぞと いうハイカラな飲みではない.
居酒屋で熱燗だ.
アルデヒド-デヒドロゲナーゼが脳の音楽中枢に影響でも与えるのか.
(先週Tom Waitsの項を参照)
確かに酔ってカウンターに突っ伏しながら 「大丈夫だいじょーぶー」と言いたくなる感じだ.

彼の音はメロディというよりFagen音階としか言いようがない.
本当に入念に造りこまれた音楽だと思う.
聴いているうちにとてつもなくかっこいいのかふざけてるのか 何だかよく分からなくなってくる.
今夜も一杯やりながら.私は密かに確信するのだ.
本当はマンハッタンの夜のカウンターでこそかっこいい音楽だと.
性別を超えオヤジ限定で.

Madonna [ Like a virgine ]

不確かな記憶だが1曲目はこんな感じだったか.
`Some boys love me. some boys hurt me. I think that's OK.'
割り切りワールド序章の始まりだ.
「世間なんてmaterial world.であたしはmaterial girlよ.」
歯切れのよいリズムと歌い回しに乗って軽快に進む明るい世界.
即物的に行きますわ.
求められるがままお人形さんになって あげても良くってよ.
ただし対価は頂くわ.
そんな感じがある意味なんか怖い.

Madonnaという女性は本当に強い人なのだろうと思う.
自己を完全に商品として突き放すことが出来るためには相当な客観性と 頭の良さが必要なはずだ.
「徹底的に社会のニーズに迎合しますよ.」
その態度が批判のための批判を超えて, 「世間が求めるものなんてどうせそんなもんでしょ.」 といった強烈な皮肉を生み出したのだと思う.
当時のアメリカ女性が感じた彼女の力強いcoolさへの支持は その態度を敏感に感じ取った故だったのかもしれない.
しかし,その自己の立場を偶像として積極的に演じようとした瞬間から何かが かわってしまった部分もある気がする.
当然むしろそれを好む人もいる.
それが自己表現というものの難しさなのか.

Prince [ Sign `O' the times ]

この人のギターは本当にすごい. チャカチャカっとカッティングしただけでも.
この人のギターと音楽の格好良さは,まあ聴いてみてください.
問題はそのスタイルの影響.耳元で''Kiss''とささやかれた日にゃ, そら生理的好き嫌いが顕著だろうから.
ただ好きな人は,好きなんだなこれが.

日本のファンはPrinceを殿下と呼んでいるらしい. さて, かつて私の同窓生(友人と認めて貰えていたかは定かでない) に「ツカピン」という人が居た.
彼の人生に対するスタンスにはPrinceが深い影響を 与えていたように思う.
彼は自身がPrinceである事を求めた.
その結果,彼はあまりに格好良くなりすぎてしまった.
言動,振る舞い,その全てが.
そしてその突出した格好良さは何か壁のようなものとなり我々の前に立ちはだかって しまった.
当時の我々はプリンスを現実に目の前にしたときの 対応のしかたが解らず困惑したのだ.
噂によると彼はその後もPrinceの道を追求し続けたらしい.
ユニット結成もなかなか大変だったようだ.
きっとそこでも障害となったのは 音楽性の違いではなく彼の卓越した格好良さだったに違いない.
今でも彼はPrinceであり続けるいばらの道を歩み続けている のだろうか.

Vanessa Williams, et al [ Covers `Morning Musume'! ]

卑弥呼の時代より時を超え現代の娘たちに受け継がれしもの.
それは神つ国日本に君臨する巫女の存在かもしれない.
一生懸命歌い踊る少女達の姿が老若男女の違いを越えてある熱狂を呼んだ.
ヒーローが仮面ライダーから何とか戦隊に複数化したように 巫女も孤高から集団化の傾向に向かうのは 現代民主主義教育の逆効果か.
ともあれ,誰もが耳にしたことのある音楽は絶好のカバーの題材だろう.
彼女達の曲の外国人アーティスト達によるオフィシャルカバーがこのアルバム.

彼女達の`I wish'という曲を担当したのが,かのVanessa Williams.
原曲サビは`人生って素晴らしい.' 受けてVanessaが歌う.
`Life is so wonderful.' 直訳って素晴らしい.
その歌唱力の差異と是非はさておき,その違いはもはや 伊勢神宮とノートルダム大聖堂の違いなのだから 比較には意味がなかろうというもの.
しかし一つ解った事があった.
パーティ合唱音楽的に宿命付けられた曲を Vanessaがしっとりと歌い上げたときに浮き彫りになったものは, 曲自体の良さと共につんく氏という人のメロディーメーカーとしての技量の 凄さなのだろう.
何かが愛されるにはそれなりの理由があるのだなと 感心させられた.

Crosby, Stills, Nash & Young [ Deja Vu ]

カルフォルニアの空気のようなCrosby, Stills & Nashの コーラスハーモニー.
それはあくまでも軽快に楽しく響いていた.
69年のアルバムだった.
それから1年そこにNeil Youngが加わったCSN&Y.
人の組み合わせとは興味深いものだ.
3人にNeil Youngの個性が加わっただけでは済まない変化がそこに 生まれたのだろう.3人に関してもそれぞれの歌声に, そしてサウンドに微妙な陰影が加わったように思う.

Crosby, Stills, Nash & Youngの持つ影というか厚みのようなものが 単純にNeil Youngの個性の影響の大きさだけとは思わない.
そこに在る違いはあくまで3人の求めるものと4人で求めたものの 違いのような気がする.
CS&Nの3人がNeilと共に求めた ものはその時代に置かれた自己のより内面的なものだったのではないか.
3人のユニットが比較的安定していたの対するCSN&Yの緊張感 も求める空気の質にその訳があったのかもしれない.
人間関係の良し悪しと言うよりはその音楽を表現するために 必要であった何か,個が互いに独立した存在で在り続ける距離感というような. 面白いのは,まったく同じ人間が歌い演奏しても見つめる方向の違いが それほどの音質の違いを生んでしまう事だ.
人間というものは不思議なものだと思わずにはいられない.

Billy Joel [ The Bridge ]

周囲の年長者から様々な影響を受けつつ音楽の存在を知り行くなか 自分でレコードを買った最初期のものがBilly Joelであった.
80年代の空気の中でBillyの`An innocent man'というアルバムは 私の中でアメリカンポップの原体験となった.
ベートーヴェンを受けた`This night'が象徴するそこに展開された世界.
それは様々なエッセンスを 受けて生まれる音楽の多彩さと楽しさを, そして歌詞に込められた様々な風景やメッセージの存在を伝えてくれた.
それがその後遡って彼の作品に触れるきっかけとなっていった.

それから時がたち次のアルバム`The Bridge'がリリースされた.
そこに表現された世界は前作のそれとは少々異なるものであった.
よく言えばよりモダンで高級な音造り.
別の言い方ではPop musicの純粋な楽しさの表現という単純なものでは なくなったといった感じか.
だが,歌い手の本質がその声に還元されるのであると すれば,Billyの魅力は究極的にはその歌声へと至るはずだ.
`Baby Grand'という曲がこのアルバムに収録されている.
それはRay Charlesとのデュエットである.
2人の偉大なシンガーの声の絡みのなかで, Rayの深さと共にBillyの瑞々しい魅力が 浮き彫りにされてゆく時間が何だかとても嬉しかった 事をおぼえている.

Kiss [ Detroit Rock City ]

私がこの人たちの存在を知ったのは,友人の家に遊びに行った時だった.
友人の年の離れた兄はKissの熱狂的なファンだった.
子供部屋のドアを開けるといきなりKissの巨大なポスターが眼に 飛び込んできた.
変な顔色の人たちが長い舌で血のような色の チェリーパイを舐めすくっているその地獄絵図に思わず卒倒しそうになった 覚えがある.

世界にはルールが存在する.故にそこから逸脱するためには 象徴としての仮面が必要になる.
それを纏った瞬間から舞踏者はこの世とかの世の境界に位置する存在と化すのだ.
彼らの音楽は外見とは裏腹に親しみやすい.
演奏もメロディアスで流麗である.
しかしその魅力を完全に表現し尽すには目に映るKiss的世界との 呼応が不可分だったのだろう.
聞き手がその音楽世界に安心して身を委ね,酔いしれるために不可欠な ものが何であったのか.
それを演じきった理解の深さに彼らの表現者としての 凄みがあるのかもしれない.
そして,もしかしたら, ちょっと照れ屋なのかもしれないと想像しているのです.

Roy Buchanan [ Roy Buchanan ]

良いものを表現するために必要なものが 良い人間性であるとは限らない.
発酵食品は極論すれば腹を壊さない腐敗物である.
存在価値は食って美味いか否か,それのみによる.
デカタンスの美学にはそれなりの仕込みが必要なのだ.
音楽を追求する過程でいってしまったのか,いってしまった後に 音楽の神がやって来たのか.
もはやそれはニワトリと卵の前後関係としか 言いようがない.

彼らのブルーでルーズな世界は,緊張と開放の境界上にある.
真面目に向き合えば奇妙にして理解不能な感覚的不連続を存分に与えてくれるだろう.
また音に乗ってダラけようと思うならグダグダな 世界を思う様存分に味あわせてくれるだろう.
チョーキングにより生み出される音の高低とタイミング.
その連続的変化が不安と緊張,そして恍惚を生み出す.
それは彼の音楽世界が境界上に 揺らぐ微妙な様をまさに象徴しているのかもしれない.
にしても.この人たち大丈夫なのか.シブいからまあいいけど.

Kenny Loggins [ High Adventure ]

現在の人類の総人口がどれほどかは抜きにしてもこれだけの 数がいるのだから,そりゃまあ一人や二人は絵に描いたように カッコいい人間がいたって不思議じゃない.
だがどうしてくれようこの格好良さ.
音楽はもちろんルックス,さらにタチが悪いことにどう見ても 優しくて良い人っぽい.
まあ個人的趣味といえばそれまでだが,Kenny Loggins みたいな人がいるなら私なぞ存在しなくても良いのではないかと思いたくなるほどだ. いや参った.
Kenny Loggins病疾患.あ,変な意味ではありませんよ.

彼が天与の才を楽しみながら余すことなく生かしたのは言うまでもないだろうが, 優れた才能と手を組んでさらにその上を目指そうとする姿勢には脱帽させられる.
Steve Perryとデュエットされた日にゃ,もはや手も足も出ない.
それにしても,よくこんだけの人たちが関わってくれるものだ.
一々名前あげるのも面倒になってくる.
やっぱりこの人が才能あって,その上いい人だからなのだろうな.
もういいや.聞いて寝よう.

Keith Jarrett [ The Koln concert ]

mpegファイルで音楽を携帯するこのご時世,オーディオにお金を掛けるなんぞは オヤジの趣味という印象があるが, 身体が敏感が人が本当に良い音に触れるとそこに抵抗しがたい魅力を見出す ようだ.
クロスカントリー選手として当時実業団で国体に出場していた若き我が友がいる.
以前,彼の夏期合宿の手伝いをしていた折に我々はニセコのさる喫茶店で 奇妙なスピーカーに出会った.
yoshii9という名称のそれは二本の筒と しか言いようのない形状のもので,初めて聞いたときには 定位(どっから聞こえるか)がまったく解らぬ不思議なシステムだった.
彼はその音を初めて聴いたとき何故か頭痛が治ったらしい.
その後彼はただちにネット通販でそれを購入した.
奈良のさる町工場の作品との事.

Keithの偉大なる傑作としてあまりに高名な `The Koln concert'.
だが,彼が手に入れたこのシステムで 聴いた時そこに初めて耳に入る音が在ることに気が付かされた.
そしてそこには何とも表現しがたい透き通った静寂があった.
早朝にこのアルバムをかけながら思い出す.
当時の彼にとってその出費は小さいものではなかったろうに.
良い物の価値を素直に受け入れ, 音楽に物惜しみしない彼の感性の正直さが嬉しかったことを.

The Beatles [ Please Please me ]

私は彼らの音楽を知らずに知っていた.
それは当時早朝に必ず放映されていた児童向け知育番組のおかげであった.
数字の数え方や平仮名の書き方を子供向けに教えるためのショートコーナー.
その後ろに頻繁に用いられていたのが,今思えばBeatlesであった.
当時は製作者がまさにリアルタイムのBeatles世代であったのであろう.
今にして思えばイントロのワンカット,サビのJohnのひと言ふた言.
そんなBGMというかジングル的な起用だったがその全てが鮮明な記憶となった.
どの音のひとかけらを切り出しても素晴らしいということなのだろう.

先日私のコンピュータがハード的に故障した.
書きかけの原稿の救出の過程で電子媒体の危うさに慄然とした.
音楽が再生芸術である以上,その保存と継承には記号化されねばならぬ宿命がある.
classicのように楽譜という紙媒体を通じてanonymous(詠み人知らず)に演奏が 引き継がれてゆくなら良い.
Beatlesの音楽が現代の音楽に与えた抜き差しならぬ影響については述べるまでもない.
それは文化遺産として我々が受け継いでゆくべき性質のものであると思う.
だが一度限りの録音が生みだした個のパフォーマンスを未来に伝えてゆくためには, その音源を可能な限り保存し続けてゆくしかない.
そして音楽がその生命を保ちつづけるためにはもう一つ重要な事がある.
それは聴き手が存在し続けてくれることだ.
彼らの存在はあまりに突出しているが故に楽観的に考える事 ができる.
だがその他の様々な素晴らしい存在たちは果たして.
100年後はどうなっているのだろう.

Rolling Stones [ Steel Wheels ]

ある存在がその影響を維持しつつ存在し続けるための最も 単純な方法は何か.それは存在し続けることである.
Rolling StonesがRockの生ける伝説であることは言うまでもない.
しかし,伝説とは失われしものの伝承を言う.故に矛盾だが彼らは伝説ではない.
生きて吠え続ける今の存在である.

時期により彼らの魅力には様々な側面があるだろう.
`Paint it black'や`Mother's little helper'.
`Brown suger'や`Jumping jack flash'.
そして`Sympathy for the devil'.
しかし89年のアルバムに収録された `Rock and a hard place'に象徴される音 で彼らが見せたのはあくまでcoolで切れ味あふれるHard Rockであった.
彼らは単なる過去の伝承者ではない.朧たけた円熟と共に そこに存在したものは,若い最新のアーティスト すら敵わぬエナジーで転がり続ける不死身の姿であった.

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